ほほ

ほほ

5月の大型連休のある日、僕は友人と栃木県は那須町から福島県側に県境越えのドライブをした。まさに栃木県側に戻ろうと思ったところで、帰路にあたる那須塩原インターチェンジ付近で東北自動車道の事故が発生との情報が入った。ドライバーの彼と僕はとっさに渋滞を避けようと、となりを走る国道4号に入ったものの、時すでに遅し。大渋滞だった。ここは迂回路のない、山間部の道路だ。さまざまな県道も身動きの取れない大型トラックと、悲しみの表情を浮かべた家族の車の陰に覆われた。長く、長い悲しみと怒りに包まれた車の蜃気楼が遠くまで見えた。
その日は初夏を思わせる陽気だった。「嘆かわしい」。その時友人と僕は、その空き地で日光を十分に楽しんだ帰りだった。今思えばもっとそこに留まるべきだったのだ。風になびく草木を綺麗だと、ああ落ち着くなあ、と素直に感じてきたばかりなのだから。雨の後だったせいもあるのだろう。光が風に揺れ、音の重なりで風がそこにあることがわかる。手前から奥に、右から左に風が鳴る。頬を打つ。

ここ東京にいると、少しずつテラス席のあるカフェやレストランが増えてきたように感じる。ただ、純粋に日の光を楽しんでいる人はまだ多くはないのだろう、その証拠にテラス席を「喫煙席」と呼ぶ人だっているくらいだ。僕としては料理に埃が入ろうが、暖かいご飯が冷めてしまおうが、蚊に刺されようが、外の空気を味わっていたいと思うことが増えた。
かつて、6か月ほどロンドンに住んだことがある。イギリス人の友人は散歩を愛していた。その理由は”I need fresh air.(新鮮な空気が必要だから)”。当時は何が新鮮なのか、ただ寒いだけだなど僕は文句ばかり言ってはいたが、同様に「アジア人はすぐ屋内に行きたがる」と憎まれ口を彼は叩きつつ”When in London, do as Londners do!(郷に入ったら、郷に従え!)”と声を張るようになり、僕はしぶしぶ従っていたのだった。今になって聞くと僕が滞在した2011年、春のロンドンは例年になく晴天に恵まれた年だったのだそうだ。だから僕の教えた日本語「もったいない」を、彼は上手に使いこなしていたのだろう。
そうこうするうちに、少しずつ僕自身が外にいる時間が増えてきた。観光客や通り雨の多いロンドンでも、排気ガスの多い東京であってもだ。どこにいようが”fresh air”には変わりないのだ、と信じて外にいるようになったのだ。カフェやらレストランからすれば禁煙者がテラス席をひとつ陣取られるわけで、まさか喫煙者から煙たがられるとは思わなかったが。まだまだそのあたり、東京の風向きは良くないようだ。

少し蒸し暑い車内。栃木県の片田舎のラジオが車内に響いた。その日は隣接する自治体の首長をゲストに呼んでいた。感情のない声を発するアナウンサーと、「市民に愛される中央公園の整備が……」、とマニフェストをまじまじと棒読みで読む市長の姿勢に、実直で平板アクセントを持つ県民性を感じる。相も変わらず少し車が進んだかと思えば、ひとタイヤ分前に進んで止まるばかり。「東北自動車道事故渋滞12キロ」、アナウンサーの声が聞こえる。単調さと眠さに耐えかねて、窓を開けてみると涼しい風が入る。空気もひんやりとしていて目が少しだけ冴える。
そうだ、僕たちは那須高原のど真ん中にいるのだった。カーナビを見るとこの県道、この区画は山の中に広がる平原をまっすぐに突っ切っている。思いっきりアクセルを踏みたい衝動に駆られながら、あるいは車を放棄して隣にある草原で眠りこけたい衝動を抑えながら、僕たちは、為すすべもなく待つほかなかったのだった。