むこうみず

むこうみず

リトアニアに着いたのは、夜中だった。
2014年秋、夜12時、モスクワ経由。完全に油断していた。
中途半端に旅慣れをしていたからだ。
だから、着いてすぐに後悔することになった。
生きて帰れるだろうか。甘いな、自分は・・・。
言葉が多少わかったところで、日本人のただの若者は無力だった。
無知、無知の地、無知の恥。

ホテルは予約した。完全に満足していた。ホテルの位置は分かる。ホテルからシャトルバスが出ているのは知っている。とはいえ、次の抑えるべき項目を完全に忘れてしまっていた。

ーどこ、どのバス停か where / which bus stop
ーどんなバスが what kind of bus
ーいつ when
ーどう乗れるのか how can I get on
ー彼らの連絡先を知っているのか whether I know or not their number

リトアニア、ヴィリニュスの空港は暗闇の中にあった。到着した便が最終便だと思っていたのだが、奥の出国ロビーなどを見る限り、やはりそのようだ。誰のいない空の建物だった。しかし電光掲示板だけが黄色く光っている。下にはリトアニア産の車が展示してあった。いずれにせよ、秋の終わりの寒い空港で見るにはあまりも寂しすぎた。初めてのバルト三国、ワクワクした始まりから想像すると、それはあまりにも想像とかけ離れたスタートだった。念のため、一度空港から出てバスらしいものはないかと探してみると、どうやらなさそうだ。携帯は圏外、国際データローミングをするか迷うところだが・・・。しかし寒い。あまりにも寒いから、屋内へ戻る。

遠くに責了、近くで寂寥を感じている間、同じ便に乗っていた人々はいつの間にか散り散りに去っていた。数人が残り、僕が待つことに根をあげ、”taxi”というのを待っている。目で牽制しあっている。しびれを切らして、あの異国特有の探るような声で “Taxi?”と話しかけてくる。なかなか日本では体験できないものだ。でも僕はtaxiに乗れない。現地通過を一銭も持っていないのだ。次の日の朝に、街中で変えればいいやと完全にたかをくくっていたからだ。

ヴィリニュスの空港は決して大きいわけではない。しかし、一応国際空港だ。とはいえ深夜。両替場はしまっていた。EXCHANGEの文字を発見したとき、救われたような気持ちになったが、救われた「ようであって」神は無慈悲であった。自ら招いたこの試練に、どうしたもんか・・・。夜の空港、息は白い。飛行機を降りるとき、CAさんは5度と言っていた。ダウンジャケットに手を突っ込む。いつの間にか隣に男がいた。目が合う。しまった・・・。そう感じている間、彼も白い、煙っぽい息を吐きながら言った。”Cigaret?” 申し訳ない、僕はタバコがないんだ、というと、ひどい猫背の彼はその場を去って行った。

突然電話がなる。残響は2秒くらいだろうか。音の通る空港に、iPhoneの、一発でそれと分かる音が響く。
“Alo?”
“Hello, this is bus of … hotel. We are looking for you.”
どうやら僕は探されているらしい。加えてバスの位置を彼は伝えようとしている。
しかし驚いたことに、空港を出て駐車場を見ると、目の前にバスがいたのだった。
“I found you.” 同時だった。

バス・・・ではなかった、ハイエースだったそれに乗り込むと、僕はイギリス人CAさんたちを数人待たせていたことに気づいた。拙いロシア語と英語で謝ると、3人のCAさんは “いい休みになったよ”と真顔で嫌味を言ってきた。ホテルまでの道中、綺麗なイギリス英語で延々と僕の悪口を言っていた。しかたない。確かに僕が悪い。

無計画で旅をすることは多い。国内であっても、国外であっても、発見したものが全てであって、極力は歴史以外の情報を知らないようにと意識はしている。人に迷惑をかけてしまったのだから、いいことではない。それでも、どうしても旅を始めるにあたっては、旅に関することを何もしたくなくなり、大概現地で後悔することになっているのだ。この先だって、とりあえずヴィリニュスまでは来られたが、向こう一週間、帰りの便がフィンランドから出ること以外は何一つ決まっていないのだ。決めていないのだ。決めたくないのだ。

時々霞がかり、透き通るように見える月は丸い。バス・・・は制限速度を無視して高速道路をかっ飛ばして行く。イギリス人たちの悪口は尽きない。無意識に大きなため息が出た。「あっ」と思ったが、彼らの時間を止めてしまった。
“Never mind but I mind. I do apologise.”
“Never em …”
彼らはそれ以上何も言わなかった。

首を横に振りながら、もう一度ため息をつく。
やはり息が白い。フロントガラスは少し曇っていた。
たった30分の出来事。これから先は長い。大丈夫だろうか。
憧れだったバルト三国に来るのはまだ少し早かったかもしれない、と後悔をするばかりだった。
死なずに帰れればいいや・・・。

それから3年経った2017年現在も、結局人は変わらないものだと、当時の自分に言ってあげたいものだ。
安心してほしい、人に迷惑をかけない方法くらいは学んだ…はずだ…。