海か、フォッサマグナか

海か、フォッサマグナか

27歳だ。人は「27年しか」、ともいえば、「まだ27年」とも言うし、「まだ若手だね」と言われば、「ベテランになりつつあるね」、だなんて言われたり、むずがゆい気持ちの中にも、背伸びしたさと、もう少しだけ「若手という言葉の隠れ蓑」の中にいたい甘さとが相まって、夜にジャズをかけながらウイスキーを引っ掛けてみたりする。

僕は田んぼに囲まれた、関東平野の北端で生まれた。田んぼ、畑、山、湖、川に恵まれた、ちょっとした街であって、電車で一本で東京に行けてしまう場所にあった。高校を卒業するまでの18年間そこにいた。何かしようとすればなんでもできる街だったと思うのだが、なぜか小さい頃から街の外へ出たいと思っていたようだ。家の壁には大きな世界地図が貼ってあり、ボロボロにした国旗の絵本、南北ベトナムの残った地球儀を抱きしめ、指を刺し、国名を叫びながら「ここ!」と大きな声を出していた子どもだったと親から聞いている。

化粧も覚えず、芸人にもならず、ただの会社員として東京に住んですでに9年が経つ。大学を出て、会社員になって特に何かを成し遂げた自覚はないのだが、年に一度は海を越えたいと願い、それだけは達成してきた。いや、厳密に言えば、大学初年度は海ではなく「フォッサマグナを越えたい」と言っていたようだが。とはいえ、三度の食事より「脱東京」を合言葉に、節約をしては週末の小さな旅行を楽しんできた。

「〜は第2の故郷」、「〜は第3の故郷」を皆さんは持っているだろうか。正直僕には、それをどこだと、答えることができる自信がない。人は古来より旅に人生を求め、また旅をする理由を問うてきた。僕の場合は、落ち着く場所を探したいと思っているから、だと今考えている。でも、本来はそれは家族のいる故郷であったり、誰かの腕の中だったりするはずだ。そうあって欲しかった。残念だけど、違かったのだ。

じゃあ、そうしてこの27年間、東京に出てきて9年。僕はその解を見つけたのだろうか。いや、ないからきっとこの文を綴っているのだろう。なんて自意識過剰なのだろう。なんて自己中心的なのだろう。