コソボ訪問記2:フランクフルト、ウィーン

コソボ訪問記2:フランクフルト、ウィーン

ここまでのお話

 

 

 

フランクフルトに着いたのは午前3時。雨が降っていた。日本を出た時は気温が20度もあったのに、こっちは10度以下。ブリッジで寒さを感じる。ロゴや標識から青い光を感じる。フランクフルトは比較的よく使う、とはいえよくも悪くもドイツの空港といった感じ。無機質でビジネスライク。それがいいと思うのかどうかは人次第ではあるが、私たち日本人にとっては人との距離を感じる。早々にフランクフルトからウィーンに向かうフライトを抑えていたので、長期滞在はしない。早朝の寂しい空港で、何もすることなく次の国へ向かう。

ウィーンの空港は一度手荷物検査場を通過してコンコース間を移動することの驚きから始まった。羽田で言われていたのだ。ウィーンで一度荷物が出てしまう可能性があるから、最後まで手荷物検査場で自分の荷物がないか確認してください、と。羽田では素直にうん、と頷いたものの、最後まで自分の荷物が「見つからないか」を確認するわけで、一人ぽつんと残されるわけだ。なんて非効率なんだと一人ごちながら待っていると、空港職員に「何か問題か?」と話しかけられる。「荷物が出てこないのか」と。「荷物は来なかった、でもそれでいいんだ。万事順調だよ」というと、わけのわからないといった顔をしながら「あっそう」と言って去っていた。しかし、非シェンゲン圏内の待遇の悪さ、といっても良いのだろうか。空港内の移動にしても、とても距離を感じるし、手荷物検査場では職員は話しながらいささか適当で、かえって荷物をちゃんと見たのかこっちが不安になった。ひっかかるよりはマシか・・・などと笑いながら、すぐ目の前には免税店。さすがウィーン、値段が非常に高い。それでもさすが欧州と世界を繋ぐ国だと痛感する。搭乗口の案内には旧ソ連圏、中東、極東、北米。あらゆる都市へのネットワークがあり、皆が買い物をしている。ハプスブルクの力は今に残っているのだろうか、はたまた過去への栄光にすがっているとも取れるかもしれないが、依然として中欧の一田舎が持つ役割は大きい。ウィーンは東西が混ざる場所なのだ。