コソボ訪問記6:グラチャニッツァ修道院に向かうバスで

コソボ訪問記6:グラチャニッツァ修道院に向かうバスで

ここまでのお話





本当に観光しにくい地域だと感じた。

何もかもがバス移動、拠点はバスターミナルになる。バスターミナルまでの交通網も整理されていないうえ、渋滞が多発する。その渋滞を縫うようにして人が縦横無尽に動き回る。ドライバーはブロックチェーンの話をしながら僕に「あの建物の中でチケットが買える」という。駐車場の中に入ると金がかかるからここで降りろ、と。寒い中5分くらい歩いて建物についた。

アジア人が大きなリュックを背負って一人で歩いている。
ランウェイを歩くかのような注目度合い。日本では絶対に味わえない感覚。

古めいた建物に入ると、少し旧共産圏の香りがする。そして恐ろしく寒い。

カウンターは10番まであるのだが、1番と2番にだけ人がいた。1番に行くと2番を指差す。”Grachanica”修道院のある街の名を告げると”Gjilan?”と言い返された。これはバス終点の街。しばらく戸惑う。聞いたことない地名だ。

”Yes, same bus but I get off at Grachanica.”。首を横に振られる。なぜだ。

“10 cent.”安いな、そう感じていた矢先、僕の財布に小銭がないことに気づく。とても旅慣れていない人だ。
”20 Euro”しかない。そう告げると「そんな大きな金は受け取らないしいらない」と言われる。

そういえば旅の一週間前、新宿のいつもの場所で両替をしていると、どこに行ってもユーロはない、と言われたのだった。ようやく見つけた場所で交換すると、今度は小さい紙幣はない、と言う。だから、予期していたことではあるが、ため息ひとつ。「あとでまた来る」そう言うと、隣から若い女性が「その必要はない」「もう払ったから、あなたの分」「なぜ」「いいのよ」、そういうとそそくさとどこかに行ってしまった。

「ラッキーだったね」とチケット販売のおじさんは言う。いやお前が受け取れよ・・・笑

改札を通りと四番乗り場を案内される。至る所でタバコを吸っている。臭い。そんな中、水を買うために売店の外から眺めていると、若いにいちゃんがやってきた。「どこからきたの?」「日本だ」「なんで?」「観光だよ。この国に魅力を感じて」そういうと肩をすくめた。

「こんな国、何もないじゃないか。普通パリとかロンドンに行くだろう。変わってるね」実際に来ている旅人にそんなことを言わなくても・・・と思いながらも、潜在的に国を出たい、といった何か若者の意志を感じたタイミングは何度かあった。そういうことなのだろう。全ては経済と、国際社会における国の立ち位置がそうさせるのかもしれない。

「そうか、コソボが好きなのか」

「俺も愛しているよ、この国を、アルバニア人を」

彼の目は笑っていなかった。