Berat Castle, the heart of Albania

Berat Castle, the heart of Albania

 

 

ぜえぜえと息を吐きながら、膝に手を吐きながら坂道を登る。
ベラト城は当然だけども丘の上、これはシュコダルのロザファ城も同様だが、
なんとか頑張れば徒歩で登ることができる。
磨り減った上に、磨かれ光り輝く石畳が物語るのは、幾人もの人がここを歩き城下町と城を往来したこと。
雨の日には滑る。どんな靴でも。だから地元住民は僕に言う、
「本当に危ない、ここを軽快に歩けるのはヤギ(goat)くらいさ」
僕も言葉を返す。
「『ゴー』と(Goat)言われたら頑張って登り切るしかないですね」
晴れの日でもよく滑る。

街から歩みを進め20分。27歳とは言え、足腰の甘やかし度は天下一品。
全アルバニア人と比較しても「健脚でないこと」を競えば一位になれるに違いない。
路上生活者おぼしきご年配の女性が追いつき口を開く。
「若いの、私はこの通りの生活だ。よかったら金よこせ」
「挨拶も早々ですか、私もこの通り旅人なもので」
老婆は首を傾け、舌打ちをした。
そう言うと来た道を引き返していった。
気管を通る息が摩擦する。

登りきった頃、青空に高く伸びるコンクリート製のずっしりとしたモニュメントを見つけた。
先端に星がついている。共産主義時代のものだと一目でわかる。
セルビアを含むさまざまな国に支配されたのち、長期間オスマントルコの支配下に置かれた。
ベラトの街並みはオスム川を挟み、両岸がトルコ風の建築でありその景観の美しさから世界遺産に登録されたのだ。
共産主義と歴史的に美しい建築。しかし両者の持つ美の基準、感覚は違う。
その頃、人々は、政府首脳はこの街をどう見ていたのだろう。
ふとした疑問が頭を過ぎるも、尋ねて良いものなのだろうか。
しかしいずれにせよ、ベラトはその時代を生き延びた。天高く輝く星は今や希望の象徴となったはずだ。

モニュメントから城まで登り、しばらく場内を散策していると夕刻が迫った。
日没を見ようと広場に出てみると、誰もいない断崖絶壁を見つけた。ここも当然柵はない。ギリギリまで立つ。
赤い屋根、トルコ風建築の屋根と窓が、平野、川が連なり地平線へと結ばれている。
一面はオレンジに染まり、目の錯覚だろうか。山の陰や道路が少し青みがかって見える。

日中、泊まった宿のオーナーであるアルバニア人は語った。
彼はかつてブルガリアに出稼ぎに出たのち、ギリシャへと渡り長く外国で暮らしていたと言う。
「私たちは貧しい、それでもこの街の美しさと私たちがアルバニア人であること、
それらは誇りであり、今日見ている景色とともに明日へと、将来へと語り継いでいくのだ。
それが私たちの希望なのだ」

その言葉を反芻しているうちに、日没を迎えた。
夕闇の向こうに星が輝きだした。

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